この内容はPodcastで話した内容です。
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みなさん、こんにちは。あかねです。
今日は私の親友について話したいと思います。
その前に、親友と友だちは何が違いますか?
これは人によって、考え方がちがうかもしれません。
私にとって親友というのは、本当に信用できて、いろいろなことを相談できる人です。
そして、相談したときに否定的なことばかり言うんじゃなくて、いっしょに考えたり共感してくれる人です。
私には何人か親友だと思える人がいます。
ほとんどが小学生や中学生の時に同じ学校だった古くからの友人です。
でも1人だけ、大学院生のときにしりあった日本人じゃない親友がいます。
そしてその人の母語は中国語です。
その親友は日本語がペラペラですが、私たちが会話やLINEをするときは、日本語と中国語を混ぜながら···たぶん50%は日本語、残りの50%は中国語を使います。
そして私たちの年齢も全然ちがいます。
親友のほうが私よりもずっと年下です。若いです。
つまり私たちは国籍も、母語も、年齢も全てちがうんです。
話している時に80%くらいしか理解できないこともあります。
でもその親友は、私の考えを直接言わなくても察してくれたり、私が何かをしてあげると、必ずお礼の手紙を書いてくれます。
「察する」というのは推測(すいそく)する、という意味です。
特に人の気持ちを推測する、というときによくつかいます。
私が言わなくても、親友は私の考えていることを想像することができます。
そしていっしょにいると明るい気持ちにさせてくれるし、とても尊敬しています。
相手が私のことを親友だと思っているかはわかりません。たとえ親友だと思われていなくても、私は全然気にしません。
だって、大事なのは自分が相手をどう思っているか、でしょ?ですよね?
私はその人を親友だと思ってるから大切にしたいと思うし、その人は既(すで)に私を大切にしてくれてるから、それで十分だと思います。
私は友だちや親友のバックグラウンドを気にしません。
バックグラウンドというのは、その人が育った環境のことです。つまり、国籍とか、出身とか、文化とか、どんな言語を話すのかなどです。
国籍がちがっても、母語がちがっても、友だちになることができると思います。
重要なのは、お互いの文化や言語について知りたいという気持ちだと思います。
でもその前にもっと大事なのは「この国だからこの人はこういう人だ」とか「この文化だからこういう人だ」と勝手に決めるんじゃなくて、「この人はどんな人か」その人個人を理解する必要があると思います。
つまり、国籍とか母語とか文化を見るんじゃなくて、その人の性格や考え方を見るのが大事だと思います。
みなさんは自分とバックグラウンドが全然ちがう友だちや親友がいますか?
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⭐︎漢字のよみかた
親友:しんゆう
否定的:ひていてき
既に:すでに
察する:さっする